2021年10月16日・・・あれから約半年が経つなんて、早いものだ。
去年の10月16日といえば、その日は休みで母と電話をしていた。
その頃私は、仕事で大小さまざまなトラブルに巻き込まれていて、経験したことの無いトラブルばかりで、なぜか不運続き。何となく母に相談したくなって久しぶりに電話をしたのだった。
「そういう時期ってある・・どうしてかわからないけど、そういう時って続くのよ」母は言った。
良いことも悪いことも、後から思い返してみると、不思議とその出来事に何かしらの意味があったと思えて、無駄な経験はひとつも無いと感じるものだ・・・電話を置くと、明日からまた仕事を頑張れそうな気がしていた。
ちょうど日も暮れかかっていたので、猫たちの夕飯の準備に取り掛かった。
わが家は5匹の多頭飼いである。ご飯を用意していると、匂いに釣られてワラワラと集まってくるのだが、その日はいつもと様子が違っていた。
一番乗りでやって来る、若珈(モカ)の姿がなかった。
若珈(モカ)は1歳のときに、都内の動物病院で保護された雌猫だった。動物病院では「つんちゃん」と呼ばれていた。西郷隆盛が愛した「忠犬つん」の名前が由来だそうだ。
ある時、見知らぬ人が彼女を動物病院に連れて来た。その人は二度と彼女を迎えにくることは無かったのだが、彼女は、動物病院のエントランスで、毎日のようにガラス扉を見つめて過ごし、その人が迎えに来るのをずっと待って過ごしていたという。誰かがドアを開けるたびに身を起こし、ガラス扉に穴が開くほど見つめ続ける姿を見て、(猫なのに)「つん」と名付けられたそうだ。
彼女は動物病院でも「美人さん」で人気があった。彼女を連れて来た人が、西郷隆盛に似ていたかどうかは最後まで聞けなかったが・・・。
そんな彼女を1歳の時に引き取り、家族になった。
以来、12年半という長いような短いような年月を毎日一緒に過ごして来た。
1歳から加入していたペット保険も、ほとんど請求することがなく健康そのもので、一番手のかからない子だった。
見た目とのギャップを感じるのは、いつもご飯の時だった。彼女の唯一の趣味で楽しみは、朝晩のご飯だ。ガツガツと一心不乱に、3匹分のご飯を平らげていた。
好き嫌いは殆どなく、ご飯の時間にも正確で、いつも一番乗りだった。いつも控えめでクールなのに、ご飯になると強気で恐れ知らずのモカが愛おしかった。
それなのにこの日は、いつもの光景と違っていた。
何度呼んでも、2階から若珈は降りて来なかった。30分くらい経っても姿を見せないので、さすがにオカシイと思い、2階へ。
階段の途中で、うずくまるように佇むモカ。
モカの後ろには、キラキラ光る見たこともない液体が点々としていて、それが唾液なのか、おしっこなのかよく分からなかった。明らかに力無く、あまり元気がない。歩くのがしんどいのか、腰の曲がった老婆のような姿勢を取っていた。話しかければ普通に返事もし、抱っこも嫌がらなかった。
何度も名前を呼ばれて、しんどい身体を引きづりながらやっとの思いで階段を降りてきたに違いない。でも、階段を降り切ることが出来ず、呆然としていたのだろう。歩き方と座り方に違和感を感じた。表情はいつもと然程変わりないようだけど、とにかく何かがおかしかった。
謎のキラキラする液体が下腹部あたりについていて、わずかに粘度があるようだった。
かかりつけの動物病院は、19時閉院だからあまり時間は無かったが、すぐに動物病院へ向かった。
病名は「糖尿病ケトアシドーシス」。
「糖尿病ケトアシドーシス」は、糖尿病による急性の合併症である。この日まで、モカが糖尿病だなんて知らずにいた。健康そのものだったので、動物病院を受診する回数が、他の子に比べて圧倒的に少なかったし、受診しても血液検査をする機会がほとんど無かったのだ。
シニア組み2匹の健康診断を終えたばかりで、「次はモカの番だね・・」なんて言っていた矢先のことである。もっと早く健康診断を受けさせていれば・・・後悔しかなかった。
病院に着くと、すぐさま血液検査と尿検査が行われた。血糖値が高いのはもちろんだったが、体内のミネラルバランスが悪く、尿検査の結果も「ケトン体」が陽性だった。
脱水も起きており、24時間の継続した点滴治療が必要で、少なくとも3日〜4日の入院と集中治療が必要になるとのことだった。ゆっくりと時間をかけて、脱水症状からの回復と、確実に血糖値を安定させなければならなかった。
後ろ足の踵が完全に地面についていて、歩き方も佇む姿にも違和感があったのだが、これが糖尿病の猫特有の症状だということを、この時はじめて知った。おしっこをしたくても脚に力が入らず、膀胱はパンパンになっていた。すぐに出してあげないと、尿毒症でマズイ状態になる。
圧迫排尿でなんとか排尿をさせ、すぐさま24時間体制での点滴治療が開始された。
猫の場合、例え重篤な状態であったとしても、人間ほど主張したり、明らかにぐったりした姿を見せない。弱っている姿を見せると命の危険に晒されるため、本能的に隠し、頑張ってしまうのだという。
すぐに受診できていなかったら・・モカは翌朝、虹の橋を渡っていたに違いなかった。
その日に緊急入院となり、彼女は集中治療室に入った。
容体が急変して亡くなることもあると言われたが、万一の際の覚悟なんて言われても、できるわけがなかった。どうして良いかわからず、愛猫家の友人にメールをし、ツイッターで報告した。
「糖尿病ケトアシドーシス」は、極度の糖不足で飢餓状態になってしまっている状態だという。急性の代謝障害で、治療介入の遅れなどで離脱が遅れると死に至る危険な状態だ。
高血糖ゆえに脱水となり、インスリン不足によりブドウ糖の身体への取り込みが上手くいかず、エネルギー不足の状態になる。そこで身体が、中性脂肪をエネルギーとして利用するようになり、結果的にケトン体が生産されることで起きる、代謝性ケトアシドーシスの病態。だから尿検査で、ケトン体が陽性だったのだ。
私は数年前、糖質の摂取を極限まで抑え、筋トレなどで自分を追い込み、身体を飢餓状態にしてケトン体を意図的に出して痩せやすい体質にしようと、某パーソナルトレーニングジムのダイエットプログラムに申し込んだことがあった。2ヶ月で痩せはしたものの、ハイスピードでリバウンドし、体調を崩した時がある。ケトン体を出すことは、どこか命を削っているような印象が拭えない。
4日ほど入院し、モカは一命を取り留めた。
この日から、毎日の血糖値測定とインスリン注射、2週間置きの通院生活が始まった。
モカにとって、苦しい闘病生活の始まりとなり、私にとっては仕事とモカのケアを両立させることで、不安定な日々の始まりとなった。
モカの退院の日、自宅でインスリン注射をしなければいけないため、夫と二人で皮下注射の方法を、主治医の元で練習した。モカに直接注射を打つ練習をしなければならず、心が痛んだ。針を刺すたびにビクッと反応するモカに、申し訳なかった。
インスリンは劇薬だ。
投与量が微量でも多く間違ってしまうと、低血糖であっという間に死んでしまう危険性がある。安易に扱うと死に至る危険な薬だから、一度のミスも許されない。
こちらがビクビクしていると、モカにも不安が伝わった。
モカの恐怖心が見て取れて、逃げ惑うモカにインスリンを打つのに、2時間もかかった時期もある。打てなければ、血糖値を下げられず、またケトアシドーシスになってしまう危険性もあるので、やるしかなかった。2ヶ月くらい経つと、モカも私も覚悟ができて、朝晩のインスリン注射もそれほど時間をかけずにできるようになった。
毎朝晩、主治医のS先生にメールをすることが日課になった。その日の血糖値の推移を報告し、S先生からインスリン投与量の指示をもらう。はじめの2ヶ月くらいは、先生からの指示量を投与した。
さほど前日と変わらない量を打っても、日によって薬の効き方はまったく違う。なかなか安定せず、予測もつかない。インスリンを打ってから5時間後に、血糖値が急落を見せ、突然、低血糖に陥ることもしばしばあった。この現象はずっと謎のままだった。
あわてて、ガムシロップやはちみつを舐めさせる。
最初はこのシロップの量にも戸惑った。どのくらい与えれば良いのかわからない・・けれど、ゆっくり確認している猶予などない。その間にも、血糖値は下がり続けるからだ。
シロップを与えても、なぜか血糖値は下がり続け、なかなか上がってこない時もしばしばあった。かといって、ガムシロ1個を与えてしまった時には、その後の血糖値は凄まじい急上昇を見せ、結果的にモカの体に大きな負担を与えてしまった。
徐々にコツを掴めるようになり、低血糖で50以下になった時には、はじめはゆっくり「ちゅ〜る」の液状おやつを与えて様子を見、血糖値に全く上昇反応がなければ、少量のガムシロップをプラスする。少し与えては様子を見、ゆっくり血糖値の上昇を促す手段が取れるようになった。
最初の2ヶ月くらいは、ランタスというインスリン薬を使った。その後、インスリンの効き方にも個体差があるため、試しにレベミルというインスリンに変えるよう打診があり、以降はずっとレベミルを使った。
ランタスよりもレベミルの方が、少量でもインスリンの効きが早く良いらしい。私としては、ランタスの方が急なアップダウンがレベミルよりも少なく、安定するように思っていたのだが・・・。
私はその頃、まだ会社勤めをしていたので、気が気ではなかった。ペットカメラを設置し、職場にいてもモカの様子が見れるようにしたものの、血糖値までは確認できない。これでは、様子を見てあげれていないのと同じだ。
ハラハラしながら仕事をし、夫が在宅ワークの時は、夫にケアをお願いしたが、お互い会社員のため時間の融通はさほど効かなかった。私は会社に相談し、周囲の協力も得ながら、徐々に遅刻・早退を使ってなんとか両立させる道を選んだが、血糖値のアップダウンは予測不能で常に振り回されつづけた。
はじめのうちは、もっと傾向のようなパターンのようなものを掴んで、コントロールもうまくできるのではないかと、楽観的に考えていたのだが、思っているほど簡単じゃなく、頭で考えるほど楽ではなかった。
これだけ血糖値がの上がり下がりが激しいと、きっとモカは具合が悪いに違いなかったが、本人の気遣いか、いつも通り振る舞い、いつも通りの生活を送りたがっているのが分かった。はじめのうちは、ひと部屋に隔離し、他の子との接点も負担にならないようにと避けていたのだが、あえて隔離するのをやめ、家の中を自由に移動できるようにした。
普段の生活通り自由に家の中を探索できるようにしたことで、モカのストレスは多少軽減できたようだった。
血糖値や排尿に関して徹底的に管理していかねばならない状況下で、彼女は普段通りの変わりない自由気ままな生活をしたがった。変化のない普段通りの何でもない日常こそが、幸せで掛け替えのない日々だということを、彼女はきっと気付いていたのだろう。
糖尿病の治療は根気がいるだけでなく、インスリン注射や服薬の他に、食事療法が要になる。
とはいえ、わが家は多頭飼いでケージなどで食事スペースを分けないため、モカにだけ食べさせたい療養食を他の子も口にしてしまうことも多かった。これは、腎不全の子がいる家庭では時に気をつけた方が良い。腎不全の療養食は、糖尿病の療養食とは原材料を見るとわかるのだが、配分が逆なのだ。
腎不全の療養食は、腎臓に負担になるタンパク質の量を減らしてあるのに対し、糖尿病の療養食は糖質をコントロールするため、タンパク質の量が多く、糖質はコントロールされてあるものが多い。また、消化の良い配分となっていて、糖尿病の子が陥りやすい下痢や便秘といった症状にも配慮されているものがある。多頭飼いで療養食を与える際には、与え方に気を付けて、工夫することが求められるのだ。
愛猫が1匹だけの場合は管理がしやすいと思う。忙しい家庭の場合には、「自動給餌器」に頼るのは賢い選択だ。というのも、糖尿病の子の食餌管理は、あまり空腹の時間を長くしすぎたり、欲しがるままに小まめに与えてしまい血糖値が下がる暇もない様な状態にしておくのはあまりおすすめしない。
インスリンによる血糖値のコントロールが難しくなる可能性がある。せっかく療養食で食餌管理をするならば自動給仕マシーンで時間と量を管理した方がなお良しである。
【糖尿病の猫ちゃんにおすすめフード】 動物病院で勧められたラインナップ
①ヒルズプリスクリプション・ダイエット 猫用m/d糖尿病・体重の管理チキン
ヒルズ プリスクリプション・ダイエット 猫用 m/d 糖尿病・体重の管理 チキン(2kg)【ヒルズ プリスクリプション・ダイエット】
②ヒルズ プリスクリプション・ダイエット 猫用 w/d 消化・体重の管理 チキン
ヒルズ プリスクリプション・ダイエット 猫用 w/d 消化・体重の管理 チキン ドライ(2kg)【ヒルズ プリスクリプション・ダイエット】
④Vetsolution ベットソリューション 猫用 糖尿病サポート
モカは、ヒルズだと下痢を起こしてしまうようだった。療養食も味だけではなく、体質によっても合う・合わないがある。しばらくはロイヤルカナンの糖コントロールを食べていた。
動物病院でも購入できるがネットの方が安くてお得だ。体質によってまた、好みによって合わなかったりすると勿体無いので、まずは少量から試してみてほしい。
ウェットフードも糖尿病用のがあるが、ウェットフードくらいは美味しいものを食べさせたかったので、あえて療養食を与えなかった。モカの好きな、食べたいご飯をあげたいと思ったからだ。
賛否両論あるだろうが、好きなもの、おいしいものを味わってもらうことも、猫のストレス軽減になり、QOLの維持にも必要だと考えている。
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